本社HRと現地法人の「支援の分断」問題

グローバルHR担当者の「あるある」。組織構造の問題を可視化する

「本社は何もわかっていない」「現地はいつも後手に回る」——海外赴任者のメンタルヘルス支援において、こうした声が絶えない根本原因は、制度の欠如ではなく組織構造上の「支援の分断」にある。グローバルHR担当者なら誰もが経験するこの"あるある"を、構造的な問題として可視化し、実践的な解決の糸口を探る。


「支援の分断」とは何か——本社と現地の見えない溝

海外赴任者のメンタルヘルス支援において、多くの企業が陥る最大の落とし穴は、本社人事(Global HR)と現地法人HR(Local HR)の間に存在する「支援の分断」だ。制度や予算は整っているように見えても、実際には赴任者が「誰に相談すればいいかわからない」という状況が頻繁に発生している。

この分断は単なるコミュニケーション不足ではない。役割の曖昧さ、権限の非対称性、情報の非共有——これらが複合的に絡み合い、構造的な問題として組織に根づいている。

「EAP(従業員支援プログラム)は本社が導入したが、現地のHRはその存在すら知らなかった」——これは特定企業の失敗談ではなく、グローバルHR担当者の間では広く共有される"あるある"である。


グローバルHR担当者が直面する「あるある」5つのパターン

① 本社が導入したEAPを現地が活用できていない

本社主導でEAPやオンラインカウンセリングサービスを導入しても、現地HRへの周知・運用移管が不十分なケースは非常に多い。言語の壁、現地文化との乖離、窓口担当者の不在——これらが重なり、赴任者がサービスを利用しないまま契約更新時期を迎えることも珍しくない。

② 赴任者の「SOSサイン」が誰にも届かない

赴任者が心身の不調を感じたとき、「本社に言うべきか、現地上司に言うべきか」と迷い、結果的に誰にも言えないケースがある。特に評価者が本社側にいる場合、「弱みを見せると帰任に影響する」という懸念から相談をためらう傾向が顕著だ。

③ 危機対応が後手に回る

赴任者が深刻な精神的危機に陥った際、本社・現地のどちらが主体的に動くかが不明確なまま時間が経過することがある。「本社は遠すぎて状況がわからない」「現地は権限がなくて動けない」という板挟み状態が、対応の遅延を招く。

④ 帰任後のフォローが完全に抜け落ちる

赴任中の支援は現地HRが担当していても、帰任後は本社HRに引き継がれる——しかしこの引き継ぎが形式的で、「帰任うつ」や再適応の困難を見逃すことが多い。帰任は赴任以上にメンタルヘルスリスクが高い局面であるにもかかわらず、支援の空白期間になりやすい。

⑤ 情報が縦割りで蓄積されない

本社では赴任前研修を、現地では現地適応支援を実施していても、それぞれの情報が共有・統合されないため、個人のメンタルヘルス状態の変化を組織として把握できない。属人的な対応に終始し、ナレッジが蓄積されないという悪循環が続く。


なぜ分断が生まれるのか——構造的原因の可視化

「支援の分断」は、担当者個人の問題ではなく、組織設計上の問題だ。主な構造的原因を整理する。

役割・責任の不明確化

「海外赴任者のメンタルヘルス支援」という業務が、本社HR・現地HR・産業医・EAPベンダーのどこに属するのか明文化されていない企業が大半だ。誰もが「自分の仕事ではない」と思いやすい領域であり、責任の空白が生まれる。

権限の非対称性

本社HRが政策を決定し、現地HRは執行するという構造では、現地が独自判断で動きにくい。予算権限が本社に集中している場合、現地がニーズを把握していても迅速な支援ができない。

情報共有の仕組みの欠如

赴任前・赴任中・帰任後のメンタルヘルス情報を一元管理するプラットフォームが存在せず、担当者が変わるたびに引き継ぎが断絶する。個人情報保護を理由に情報共有を避けすぎる文化も、分断を助長する一因だ。

「見えない」赴任者への心理的距離

物理的に遠い存在である海外赴任者は、本社HRの意識から薄れやすい。日常的な接点がないため、不調のサインを察知する機会そのものが少ない。現地HRにとっても、本社からの派遣社員は「外から来た人」として心理的距離が生じることがある。


分断を解消するための組織設計アプローチ

ステップ1:「支援の地図」を作る

まず現状を可視化することが重要だ。赴任前・赴任中・帰任後のフェーズごとに、「誰が・何を・どのタイミングで」支援するかを一覧化した支援ロードマップを作成する。空白領域と重複領域の両方を明確にすることで、問題の所在が組織内で共有される。

ステップ2:「担当窓口」の一本化と権限移譲

赴任者が「最初にここに連絡する」と知っている窓口を一つ設ける。本社・現地どちらに置くかは企業規模や地域によって異なるが、重要なのは窓口担当者に一定の権限を持たせることだ。相談を受けた後に「本社に確認してから」という対応では、初期介入のタイミングを逃す。

ステップ3:定期的な本社・現地HR間の情報連携

月次や四半期ごとに、本社HRと現地HRが海外赴任者のウェルビーイング状況を共有する場を設ける。個人を特定しない形での状態把握(高ストレス者の割合、相談件数など)でもよい。定期的な対話が、危機発生時の連携をスムーズにする。

ステップ4:帰任前後の「バトンタッチ」プロセスの設計

帰任の3〜6ヶ月前から本社HRが関与を開始し、帰任後も一定期間フォローアップを継続するプロセスを明文化する。現地HRから本社HRへの引き継ぎチェックリストを整備し、メンタルヘルスに関する情報も(本人同意のもとで)適切に引き継ぐ。

ステップ5:EAPやサポートツールの「現地化」

本社が導入したEAPが現地で機能しているかを定期的に検証し、言語対応・文化的適合性・アクセスのしやすさを現地目線で評価する。必要に応じて現地独自のリソースと組み合わせるハイブリッド型の支援体制を検討する。


まとめ:「制度」ではなく「つながり」の設計を

海外赴任者のメンタルヘルス支援における本社・現地の「支援の分断」は、制度や予算の問題ではなく、組織構造と連携設計の問題だ。どれほど充実したEAPを導入しても、担当者間の「つながり」がなければ赴任者には届かない。

グローバルHR担当者が最初に取り組むべきは、豪華な新制度の導入ではなく、現在存在する支援が「誰から誰へ、どのように届くのか」という経路の可視化と整備だ。小さな連携改善の積み重ねが、赴任者が「一人ではない」と感じられる組織文化をつくる。

支援は制度ではなく、人と人のつながりによって機能する——この原則を、組織設計に落とし込むことが、グローバルHRの今日的な使命である。


本コラムは、海外赴任者のメンタルヘルス支援に取り組む企業のグローバルHR担当者・人事部門向けに作成しています。「支援の分断」の現状診断や、本社・現地連携体制の構築支援、EAP導入・見直しのご相談は、当社の専門コンサルタントが承っております。海外赴任者のウェルビーイング強化に向けて、まずはお気軽にお問い合わせください。

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